私が育った環境は、きつかった。
お世辞にも自由奔放な少女時代を過ごしたとは言えない。
だけれども、
「この家だったから、この人が親だったから、得られたモノ」は多い。
良くしてもらったことも、素敵な思い出も山ほどある。
6回目のセッションでは、
そんなポジティブな側面も1つひとつ確かめながら、
私の子ども時代をずらりと並べていった。
そして突然、Saoriさんはこう言った。
「もう十分、味わいましたね!」
一瞬、何のことだかよく分からなかったが、
あっけにとられる私を蹴散らして、
Saoriさんは、まるでポイントラリーの確認作業のように、
私の過去に “済み印”を押し始めた。
今思えば、私は、とうの昔の失敗・後悔・恥を、
ずっと自己否定の材料として現在進行形で使い続けていた。
味の無くなったガムを、後生大事に噛み続けていたのだ。
そして、すべての過去に済み印を押し終え、
最後に合掌。
過去をいったん“閉じる”ための象徴的な動作だった。
その瞬間、今思い返しても不思議な体験だったが、
『私の過去は、これでいい』
というセリフが頭に浮かび、
私は自分の過去=人生の前半部分を、
受け入れることができた。
泥濘から、ついに私は浮上したのだ。
いや、引きずり出されたと言ったほうが正しいかも知れない。
ともかく、多少無理やりにでも、
とにかく閉じてしまうところまでを一度体感するという、
突き抜けるためのある種の強引さが私には必要だった。
私がSaoriさんと出会った理由は、これだったんだ。
かくして私は、自分の過去を、
“今”の自分といったん境界線をつけていいんだと許可できた。
良くも悪くも、影響を受けずにいられるようになった。
過去に対してニュートラルになったということだ。
過去と決別したり、否定したり無かったことにしたりするわけではなく、
「ただそういうもの」として置いておけば良くて、
振り返りたくなったらいつでも戻ってくればいい。
そう思えたことで、また一つ、身軽になれた。
それから、実家に【仮のお宿】という表札を付けてくれたのにも救われた。
実家の家族に対して
【私を生み育て、様々な経験を与える役割を担ってくれた人たち】
という新しい見方ができ、
嫌な思い出はあれど、それすらも“与えてもらったものの一つ”かも知れなくて、
それをどう料理するかは自分次第だという思いや、
純粋な感謝の気持ちを持つことができた。
罪を憎んで人を憎まずの意味が初めて分かった。
そして、次のステージに進んで自分の人生を創っていく
(「この過去が土台になっている私」として自分をこの世で活かしていく)
ことがこれからの私の生き方なんだという意識がセットされた。
過去の負の側面を引きずって苦しみ続ける「過去の中」に生きるか、
それすらも与えられた恩恵として糧にし、
希望に満ちた「未来へつながる今」を生きるか。
選ぶのは、自分。